読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

pegawa's blog

昔 ピープルという ビデオレンタル屋がありました 都築さまより<a href=http://roadsidediaries.blogspot.com/2009/11/blog-post_11.html>ビデオ・スターの死</a>

ラッパーズ 5 CDの巻


ラッパーズ 1990/06/23 川崎クラブチッタ - YouTube

1990年。
ラッパーズは遂にCDデビューをした!
・・・・・・といっても、自主制作だけど。

80年代中頃のインディーズブーム以降は、
初期の自主製作レコードの時代とは違い、
アンダーグラウンドでも有名ドコロのバンドは、
いわゆる「インディーズレーベル」から音源を出していた。
レーベルが、レコーディング費用やプレス代を融通し、
流通、宣伝、通販などをするのだ。

それをラッパーズは、全部自分でやった。
どこのインディーズレーベルも相手にしてくれないので・・・。
レコーディング費用も、プレス代も、流通も宣伝も、当然全部自前。
それが普通の自主制作。

普通じゃなかったのが、
フォーマットに、今ではまったく見なくなったCDS
いわゆるCDシングルを選択したことだ。
若い人は、多分知らない人が多いのではないか?
普通のCDが直径12センチなのに対し、8センチ。
トレーに溝が無かったり、
スリットタイプのプレイヤーで掛けるには
アダプターを付けないと再生出来ない、
と言う手間が掛かり過ぎるアイツ。
ジャケが短冊型になっているブツだ。

それから、当時でもあまり見なくなっていたソノシート
ザ・スターリンの真似して、
ソノシートの色は赤(肉)って最初から決めていた。

CDSには4曲、ソノシートには2曲収録することにして、
レコーディングは下北沢のライブハウス、
屋根裏の上にある同じ経営母体のスタジオ「アンティノック」でやった。
エンジニアは、当時ジャムスタや屋根裏でリップクリームなんかを
バリバリレコーディングしていた三原くん。
曲も少ないので2晩で全部録ることにした。
主にCDS用。
ソノシートCDシングル収録曲のバージョン違いと、
川崎クラブチッタでのライブ音源を入れる事にした。
これも、ザ・スターリンのアルバム「トラッシュ」の影響・・・・??

CDS一曲目は、ほとんどショウジくんの打ち込みで、
録音はほぼ2時間ぐらいで終了。
で、ほかの曲もドラム、ベース、ギターを3部屋同時に、
ちゃっちゃと録音する手はずだった。
ベーシックトラック録音は数時間で終わらして、
ギターとボーカルのオーバーダビングも駆け足で済ませようと言う算段。

しかし・・・・・
ワン、トゥー、スリーのカウントで始まった演奏は・・ガタガタだった。
録音時のプレイヤーは、件のジャズマンYくんも含む、
歴代メンバーの中でもかなり上手な人たちだったはずだ。
その上手なはずのドラマーとベースが合わない!
ドラムが、止まる、ベースがずれる、ギターも止まる・・・。
あんなにライブ上手いのに!
止まる止まる!
時間は過ぎる過ぎる・・・。
そのうち、通称ドンカマ、
いわゆるリズムボックスをリズムキープ用に使おう、
なんて言い出す人も出てきて、収拾がつかなくなってくる・・・。

これが、自主制作の恐ろしさ。
まあ、僕がしっかりしてないせいだけど・・・。
ディレクターなり、プロデューサーが船頭しないとこうなる。
結局、その日は満足に録れず・・・。

リップクリームのドラマー、PILさんの名言
「40分のレコード作るのには、40分時間があればいい」
というのが、ココロに染み渡った・・・・。

不幸中の幸いなのは、
当時の録音方法はオープンリールMTRを使ったアナログ録音だったことだ。
2インチ幅のぶっとい磁気テープに、トラックを分けて録音する。
あの時、僕らが使ったのはたしか16トラックだった。
つまり音を重ねようと思っても、最大16回しか重ねられない。
2インチのオープンリールテープは高価だったし、
アナログ録音の宿命で、あんまり録り直すと当然音が悪くなる。
そう何回もいろんなテイクを録るわけにいかない。
もし、今の様にデジタルで数十回、数百回のテイクが保存できるとなったら・・・・
恐ろしすぎる・・・。

結局、2日で録るはずが、倍の4日ぐらいかかった。
スタジオ代もかさんだ・・・。
結局、収録には最初に録ったものを使ったんだったかな・・・。

ミックスダウンは楽しかった!
ディレイで色々遊んだ。
それから、パンニング。
音の定位を変える、つまりステレオで、
音が右に行ったり左に行ったりするアレだ。

当時はコンピュータ制御のオートミキサー卓なんて
アマチュア用のスタジオにはないので、つまみを手動でグルグルいじる!
それも、2インチ16トラックマルチから4分の1インチの
チャンネルマスターテープに、一発勝負でダビング!

昭和だなあ~。

メンバー数人と三原くんの手総動員で、つまみグリグリ!

他にもきっとイロイロやったんだろうけど、そのことしか覚えてない。
スタジオ使わずにコンソールだけでできるので、
結構時間かけてやったような気がする。

さっきも言ったように、2インチテープは非常に高価なので、
僕らには買い取ることが出来なかった。
と言うか、当時のアマチュアの録音の場合、2インチテープは大体使い回しで、次々と上書きされてしまうのが普通だった。
きっともう、ラッパーズの録音も、上から違うものが録られているだろう。
というか、今時マルチテープなんかもう使ってないか。

マスタリングはプレス屋さんにおまかせ!
まあ、マスタリングって何なんだかよくわからない作業なので、
おまかせするしか無かったのだが。
今でもよくわかっていない。

ジャケットも凝った。
プロのイラストレーターにン10万円で発注して、こだわりの5色刷りだった。

その様にして音源が出来たら、次はレコ発!
ラッパーズは無名バンドのくせに、生意気にも渋谷ラ・ママをおさえた!
対バンは、なんと、マリア観音原爆オナニーズ
無謀であった・・・。
宣伝はいっぱいしたけど、集客は散々。
わざわざ名古屋から来てくれた原爆さんには本当にすまなかった・・・。
「ラッパーズってホント、人気ないんだねえ~」
と、シミジミ言われてしまった。
無謀ついでに、大阪、名古屋にレコ発ツアーにも行った。
雑誌や、地方の自主制作のお店に、プレスキットを作り、
サンプルとテープを送り、記事にしてもらうように頼んだり、
店に置いてもらうようにお願いしたりもした。

そんな風に、録音、営業と色々努力はしたんだけど、
僕らの音源は、結局ほとんど売れなかった・・・。
今でも、ソノシートの在庫が押入れにある。

三軒茶屋フジヤマに置かせてもらいにいったら、
友達のバンド「へたくそ」と並べて
「本当の自主制作コーナー」
を作ってくれたのは、ホントうれしかった!
自主制作でCDSを作ってる様な酔狂なバンドは、
そのくらいしかなかったのである。
あの頃、僕らの音源を置いてくれたお店は、
フジヤマとディスクユニオン以外はほとんど閉店して、残っていない。

実は、僕は今、あの時作った自分たちのCDSを一枚も持ってないのだ。
フジヤマに買いに行かなくては!

 

あ、ちなみにソノシート

いぬん堂で取り扱ってます。

 

 

ラッパーズについては

ここ にも!

ちなみに

2014年8月2日 江川 くん祭り と題して

 ビックEのライブあり!

 桜台POOL

 へらちょんぺも出る!

 マジックくんとピアニカ君で

 ビデオピープルのドキュメント のパイロット版も上映!
 くわしくは ココ