読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

pegawa's blog

昔 ピープルという ビデオレンタル屋がありました 都築さまより<a href=http://roadsidediaries.blogspot.com/2009/11/blog-post_11.html>ビデオ・スターの死</a>

ラッパーズ 7


THE原爆オナニーズ「GO GO 枯葉作戦」 - YouTube

 

へヴィーメタル、という言葉がある。

僕が80年代末から90年代初頭にかけてやっていたバンド、
ラッパーズが出したソノシートのタイトル「メタァル」は、
それから名付けた。
キーキーうるさい演奏とガーガー騒がしいヴォーカルの混沌の中から、
キラキラしたハードコアな美しいものを見つけだす作業である。
意味はないが、尊いものだ。

ラッパーズを結成したころ、
ある飲み会で、元エクスキュートで当時ハイライズのドラムだった氏家さんとご一緒した事があった。
面識は無かったのだが、厚かましくも
「僕はラッパズボンを履いて激しいロックをやってるんですが、
何か参考になる音楽などあったらぜひ教えて下さい」
とアドバイスをお願いした。
その時、氏家さんも当時は履いている人も少なかったラッパズボンを着用していたので、
訊かずにはおれなかったのである。
見ず知らずの若造の不躾な質問にもかかわらず、彼は快く
アイアン・バタフライブルー・チアー、それにMC5を聴くといいよ」
と教えてくれた。
早速レコード屋で探して聴きまくり、非常に感銘を受けたのだった。
これが、僕が最初に意識したヘヴィーメタルだ。

当時、他にガツーンとやられたのは原爆オナニーズと非常階段の合体バンド、
その名も原爆階段
彼らがすごくうるさいアレンジで演奏していた
マウンテンホークウィンドブラック・サバスなどのヘヴィーメタルバンドの数々・・・!


東京ロッカーズを描いたドキュメンタリーフィルム
ロッカーズ」の中で、フリクションが演奏するレッド・ツェッペリンのカバー
コミュニケーション・ブレイクダウン」にもココロ打たれた。
ファーストアルバムに入ってる名曲だ。
燃える飛行船!

ザ・フーも!
ババ・オライリィ」のリフのかっこよさ!
ヴォーカルのマイクぶんまわし!

そしてビートルズ
ホワイトアルバム」収録の名曲「ヘルタースケルター」!
元祖ハードロック!いや、元祖ヘヴィーメタル!!

ミュージックマガジン」でヘヴィーメタル特集を読んで勉強もした。
ヘヴィーメタル」の語源はステッペンウルフ
ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」歌詞中の「ヘヴィーメタルサンダー」から来てるという珍説など、
ミュージックマガジンらしい斜め上の特集ではあったが、
「真のヘヴィーメタル原爆オナニーズだ」
としめくくってあった!
ダレがなんと言おうと納得した。
僕が法政大学学生ホール、通称ガッカンの高いステージから何度もダイブした、
あのエディの骨太ビートの原爆!!!!
何回かは受け止めてもらえず、頭を打ったのもハードコア!

ラッパーズはそれらを直接カヴァーしたり、エッセンスを取り込んだりしたのだった。

そう言えば、こんな事もあった。

あの頃、僕はウォークマンのパチもんを持ち歩いていて
(当時の彼女の持ち物だったが、ずーっと借りていたのだった)
毎日、当時出たばかりの日本のハードコアパンクバンドの音源を聴いていた。
キチガイみたいなヴォーカルと軽妙でハードなギターサウンドの数々!
リップクリームギズムカムズガスタンクなどのバンド当時のヘヴィーローテーションで、
海に行くときも普通に聴いていた。
新島の浜辺には、ガスタンクとギズムのメタリックなリフがよく似合った。

ある日、ベイサイドにあったライブハウス、芝浦インクスティックでジャズのイベントがあり、
そこで臨時雇いの機材搬入のバイトをした事があった。
ちょっと機材の搬入と終わった後のバラシをやるだけで、何千円も日当が出る遊び半分のお仕事。
バブルの頃は、そんなぬるいバイトが沢山あったのだ。
かなり暇なので、タバコ吸ったりしながらブラブラしていたら、ジョン・ゾーンがいた。
出演者じゃ無かったと思うので、ライブを観に来ていたのか?
当時彼は確か高円寺に住んでいて、
ガッカンでやっていた学生企画のライブに何度か出演していたと思う。
僕の中では、難しいジャズをやる人のイメージがあった。

彼はその時、どういうつもりなのか、コンサートそっちのけで、そばにいるスタッフやミュージシャン、誰彼かまわず自分のウォークマンで音楽を聴かせまくっていた。
みんなイヤな顔をしたり、苦笑いをしたりしている。
なんだろう。
面識が無い、学生バイトの僕にも薦めてきたので、イヤホンを耳に突っ込んだ。
聴こえてきたのは、ジャズではない、激しい音楽。
意外だった。
「これなに?」
ジョン・ゾーンにたずねた。
スラッシュメタル!」
「こんな音楽が好きだったら、日本にはリップクリームが居るよ!」
今度は、僕のウォークマン(パチもんだけど・・・)を聴かせる番だ。
リップクリームを聴いた彼は、とても喜んだ。
あの頃、ジャズマンはロック、特にヘヴィーメタルやパンクなどてんで馬鹿にしていて、ハナもひっかけなかったのに。
意外だった!
けどうれしかった。
同時代を生きてる実感があった。

その後しばらくして、ガッカンにジョン・ゾーンのライブを観に行ったら、
前座にS.O.B.が出てきて大いに驚いた。
その驚きもつかの間、次にはリップクリームのPILLさんも登場!
ビックリした・・・。
あの当時、あれだけガッカンに出ていたジョン・ゾーンだ。
ハードコアパンクに人脈ができてもおかしくはない。
でも、ひょっとして、あの時に僕が芝浦インクのバックステージでリップクリームを聴かせたのが・・・・・なんて事も、思ってしまうのだ。

ちなみに、今でもやるジョン・ゾーン主催の音楽ゲームコブラ
80年代の後半にこれが開催されると、絶対に坊主頭の革ジャンパンクスが紛れ込んでいた。
大阪のオイパンクバンド、コブラと勘違いしたのである。
もう会場に椅子がある時点で間違えたと気がついただろうけど、それでも彼らは彼等は神妙に聴いていた。
でも、次のコブラにもそのパンクスは来ていたのだった。


僕の音楽に対する掟は、
「それは、ヘヴィーメタルか?
ロックンロールか?
ハードコアか??」
である。
それはジャンルではない。
キラキラとした、美しいものなのである。

僕がガッカンで何度も観た。
きらめくミラーボールの中で演奏された、裸のラリーズの、何台も並んだマーシャルの強烈フィードバックギターのように・・・・・

そして、それは
「死ぬことができないもの」
なのである。
いつまでもいつまでも、耳の奥でずっと鳴り止まないものなのだ。

そういう地獄のすばらしいものを作っていきたいのである。
硬いとか重いとか速いとかそんなのは関係ないんだ!
ヘヴィーメタルは!!

ところで、メタル専門誌「BURN!」に出てくるバンドは、なぜあんなにベードラがペタペタ軽いんだろう?
それだけが謎だ!