pegawa's blog

昔 ピープルという ビデオレンタル屋がありました 都築さまより<a href=http://roadsidediaries.blogspot.com/2009/11/blog-post_11.html>ビデオ・スターの死</a>

お客さま列伝

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レンタルビデオ店は当然お客様商売。

ビデオだけあっても商売にならない、

お客様あってのビジネス。

24年もやってれば、いろんなお客さんが来た。

 

80年代初頭は

やはりレンタル料金が高かったこともあって、

銀行員とか不動産関係など、小金を持っている人たちが多かった。

みんなソフトスーツ!

80年代後半になってくると作業着姿の自営業者が増えたかな?

みんな気前が良かった!

1週間延滞当たり前!

で90年代になってくると、学生が来はじめた。

ちょっとお金持ちの地方のお坊ちゃん系。

今で言う自宅警備員な方々も多かった。

 

いろんなお客さんが居たけど、その中でも一番印象的なのは

クヒオ大佐

そう、あの伝説的結婚詐欺師の!

当時新聞やテレビなどで大きく報道されて、

本や映画にもなったあのクヒオ大佐は、

わがレンタルビデオ店「ピープル」の常連だったのである!

 

初めて来店したのは

もう20年も前のオハナシ。

入会手続きの時からイカしていた。

映画そのまま、

オハナが高く、ちょっと色白、白髪交じりの金髪、

ブランドものらしいサングラス、英語訛りの日本語。

そしてトップガンでおなじみのMA-1タイプのフライトジャケット!

自称アメリカ空軍のパイロット。

身分証明書もいかにものヤツ。

今思えば、あれ偽造だったんだなー。

っていうかアメリカ空軍の身分証明書のホンモノ自体、

見たことある人ってあまりいないんじゃないか?

 

何回か来るうちに気のいい大佐は饒舌になっていった。

で、いつの間にやら英語訛りも抜けてくる。

まあ、戦闘機と大佐が一緒に写っている写真とか見せられてるから

まったく疑いもしないし、

アメリカ土産?のリンゴやミカンも持ってきてくれるし、

延滞未払いや、未返却のトラブルもないから、

当方は詐欺師とはまったく気がつかなかった。

というかお店に実害はまったくなし!

「近頃、大佐来ないなあ~」と

思っていたら大々的に事件報道!

その時になって初めて

「あの人は、エリザベス女王の甥でもカメハメハの末裔でもなかったんだ!」

って、気がついた。

まあ、実害といえば

「基地のパイロット仲間が日本のアダルトに興味があるから、中古あったら買いたい」

と言っていたのを取り置きしてたのぐらいかな。

 

お店は2階だったので、あまり酔客が

入ってくることは無かったんだけど、

一人強烈なヨッパライが居たのを覚えている。

 

昼間は気のいい常連のオッサンなんだが・・・・

夜中はもう、いつもベロベロ!酩酊酩酊また酩酊・・・。

で、からむからむ・・。

一度、大雪の日に

やっぱり泥酔して店にやってきたことがあった。

大声でわめきたてるのだが、

何を言っているのかさっぱりわからない。

しばらく聞いていて、やっと

「タクシーを止めろ」

と言ってるんだと判明した。

それから、大雪でダレも来ないのをいいことに、

まだ30分近く大騒ぎ・・・・。

不愉快な客は他にもいたけど、

階段から突き落としてやろうかと思ったのはこの時だけだった。

人間ってホントに怒ると簡単に殺意のスイッチってのが

入ってしまうんだなあ~と思った。

だって、そのオッサン、出張料理の職人かなんからしくて、

刃物もってそれで脅してくるんだもの・・・。

なんでこんな犯罪最前線に立たなくてはいけないのか、

思い出してもサメザメと泣けてくる。

酒で、人間あんなに変わるんだ・・・・

しばらくたって、路上で生活しているオッサンを見た。

まあ、元気みたいだった。

 

「一人なのに、連れがいる人」というお客さんもいた。

ずーーーーーーーーーと、僕には見えない(というかその人以外には見えない)

誰かと会話してるのだった。

恐ろしいので会話の内容は聞きたくないんだけど、

だんだんエスカレートしていくのでイヤでも耳に入ってくるのだ。

相手はどうもお祖母ちゃんらしかった。

なんか注意されてるのか

言い返す言い返す・・・。

大きな声で身振り大きく足を踏み鳴らして!

で、カヲリが・・・・ものすごく臭い。

店のドアは開けっ放しだけど

売り場には窓が無かったから。

よく、ヲタクの人の臭いが強力と聞くけど

うちはアニメのビデオはそんなに置いてなかったので免疫がなかった。

というか、新宿渋谷の路上にいる人をも超えていた!

服もボロボロだし、履いていたものも

靴だかサンダルだか識別不能。

そういう人が、小一時間も店に居たのだった。

ちょうどJホラーブームの時で、その時来ていた他のお客さんに

「なんか怖いものないか」と

聞かれたので、

「後ろふり向いてごらん!」

って言おうかと思った。

で、そんなに強力なのになぜ追い返せないのかというと、

れっきとした会員で、

おまけに、借りる手続きをしているときは普通なの。

臭いし、目も合わせてくれないけど・・・

で、借りる手続きの時は、連れはいなくなるみたい。

また借りるのがかなりアートな文化系。

一度、ちょっと精神が病んだアート作家のドキュメント借りたときは

噴出しそうになった・・・。

もしかしたら、

あれはすべて演技だったのだろうか?

そうだったらスゲー!

人生そのものがアート?

まあ違うとはおもうけど。

この人も、まだまだ現役で笹塚界隈を徘徊してらっしゃる。

新聞紙集めが、最近のブームらしい。

 

 

90年代になったら

まったくいなくなったけど、

侠客とか極道とか言われる人々もお客さんだった。。

身分証明書を持ってないのか、

それとも見せたくないのか、

代紋の入った立派な名刺だけで入会するのだが、

彼らは意外とキチンとしている。。

まあ借りるのは、

「代理戦争」とか「頂上」とか「帝王」とかがタイトルにつく作品ばっかりだったけど。

困るのがチンのピラ。

中でも強烈なのが一人居た。

結構洋画好きで、やたらと

「この作品のテーマは?」

と聞いてくる。

まあ、こっちも勉強にはなったけど・・・。

困るのはキメて来ること・・・。

たぶん「覚醒のヤツ」を注射するか吸引するかして

来ているっぽいのだが、そういう時の彼は

何を言っているのだかまったくワケがわからない、

別世界の人間と化しているのだった。

あれは恐ろしい・・・。

まあ、そのせいで何回か、簡単に出れない場所に行ってるらしかったけど。

 

ある日、そのチンピラから電話があった。

「入院しているから見舞いに来い」

などと一人前の事を偉そうに言う。

嫌だったけど、何回も電話で大騒ぎするので「アサヒ芸能」を土産に渋々出かけた。

チンピラはけっこうシンミリしてた。

思いっきり痩せて。

結構いい年の人だったから

もう・・・・たぶん・・・・。

 

2000年代に入ると

サラリーマンのお客さんが減った。

忙しかったのか、

店が恐ろしかったのかわからないけど。

あの時代に多かったのは風俗案内所、デリヘルの送り、経営者、キャッチ、キャバ嬢なんかの、

夜の商売の人たちだった。

2005年過ぎると、そういう人たちも

田舎に帰るか歌舞伎町に家を借りるかして減ったけど。

あの当時はしょんべん横丁や歌舞伎町を歩いていると

お客さんによく会った。

あっちは労働中だったんだけど。

 

役者さんやお笑いの人たちも多かったな。

笹塚は、ああいう稼業の人が東京に出てきて最初に住むのに適してるのか?

売れてくると、もっとお洒落なとこに移っていくのだけど。

 

映画関係者も多かったけど、

新宿の「ツタヤ」ができると

そういう目利きの人たちはあっちに移っていった。

やはり、規模が大きいというかパワーがあったから。

サインがいっぱい飾ってあったなあ~。

「ピープル」は、有名人とはいえ、

お客さんにサインをねだったりするとイヤがられると思って

もらったことは無かったけど。

 

一時多かったのは

広告関係のお客さん。

彼等は電話注文が多かった。

「海の場面が多い作品」

とか漠然としたイメージを伝えてきて、

こっちにそういう作品をチョイスさせるのだ。

で40本ぐらい選ぶと

後でバイトが来て全部借りていく!

忙しくて時間がないのか、タクシー下に待たして。

どうも、コマーシャルの資料用に必要だったらしい。

そんなのが年中あった。

広告関係のお客さんがいっぱい居たときは、細かいレンタルなんて全部やめて

映像仕出し屋になろうかと思った。

まあ、あるときからそんなオイシイ仕事は、まったく無くなったけど・・・。

ユーチューブって便利なものができたから。

 

テレビやラジオの人たちは

ほとんどいなかったなあ。

気がつかなかったせいもあるかもしれないけど。

雑誌の人は多かった。

それも、やはりエロ系。

気のいい人たちが多かったなあ~。

毎回つれてくるガールが違う人とか。

 

そういえば、2丁目の人たちもいた!

なぜか、けっこう貧乏なひとが多かったけど。

2丁目じゃないけど、

女装な人もいたなあ~。

なんか家電にやたら詳しく、感心してたら

「だって、もと電気屋勤めだもの!」

って言ってから真っ赤になって

「あ、隠してたのに~~~~」って

照れてるの・・・・。

気味が悪かった。

 

以前も書いたけど、バンドマンのお客さんも少なくなかった。

90年代後半はホント多かった。

笹塚にはスタジオが多いせいもあって

練習帰りなのか、一人がくるとぞろぞろ・・・。

6 畳ぐらいしかない狭い店内に、

10 人ぐらい居るお客さんが

全員金髪!なんてことも。

あの頃はまだ茶髪ブーム前だったんで、

金髪なんてヤンキーかバンドマンしか居なかった。

で、アナーキーのファーストを

レコードプレーヤーでかけていると

レイの曲

 

「なにが日本の~」部分で

10人全員が、

 

「象徴だ!」

 

とつぶやく!

ああ、いい光景だなあと

感動した。

 

バンドマンと言えば、ライブハウスでは

お客さんと出食わすことが多かった。

ライブを観にいったらお客さんが出演してたり、

僕が出演してたら、偶然お客さんが観に来て来てたり、

いっそライブハウスで働いてたり。

ハードコアのライブに行って

ステージダイブをしようとしたら、

知り合いのお客さんと目があった時ぐらい、

バツが悪いことは無かった・・・。

まあ、0コンマ数秒のことだけど。

 

ライブハウスで

ビデオ返してくれてない人にバッタリ出食わして、もめたこともあった。

ビール一杯ご馳走されてごまかされたり、

思いっきり逃げられたり。

 

ライブハウスに限らず、お店以外の場所で

お客さんに会うと、なぜか

おどろかれた。

僕はずっとカウンターのなかにいる、っていうイメージがあったみたい。

 

旅先でお客さんに会って

ビックリした事もあった。

向こうはもっとビックリしてたけど。

それも1度や2度じゃない。

 

やはり20年以上客商売やってると、

思った以上の人と関わりができるんだなあ。